タイ国 布教発展の礎①
信頼と親しみ得る道求めて

 

タイの救世会館。神々しく朝日が上り、光が拡がっていく

現在、タイ国本部の信徒は60余万人に上り、聖地サラブリでの月次祭には、約1万人の参拝者が訪れている。国内に教会、浄霊センターの75拠点があり、信徒は日々、明主様の御光を取り次ぎ、御教えの学びと実践を通じて、タイ国の天国化を願い、誠の奉仕を捧げている。

湧上和夫教師は、1968年、沖縄の琉球宣教本部から派遣され、タイ国に布教に赴いた。

当時の宣教本部長より「霊域づくりをしなさい」という指導を受け、タイ国の人々に浄霊を取り次ぐ開拓布教に勤しんだ。

始めのうちは言葉も通じず、事情も分からないまま、日本人専従者(奥間教師や湧上ツル教師、笠原教師ら)と布教・育成をしたものの、教線は伸びず、信徒の質も向上しなかった。

湧上教師は「地球上で明主様の真理の御教えが通用しない所はあるはずがない」との確信がある中、現実には御教えが通じない。

この矛盾に対して「私たちのボタンの押し所が違っているからで、そのボタンを正しく押しさえすれば、道は必ず開ける」と言い続けた。

湧上和夫教師

浄霊による奇蹟をいただいた人もなかなか定着しない「宣教上の不毛時代」が数年間続いた。

一方で明主様のお導きで、バラモン教大僧正をはじめ、仏教教団との親密な交流、社会福祉活動者等、その後のタイ国布教に大きな力となる知識人、政治家等の有識者との数々の出会いを許された。

さらにタイ国王室(妻の湧上ツル教師が毎日、山月の花をお届けするなど)からの篤い信頼を得る中、自然農法と東北地方の緑化運動にも携わり、タイ国の「ペンティンタム・ペンディントーン(王道楽土)運動」の中核的な団体として、社会的にも高い評価を受けていった。

その交流と学びの中から、タイ国民に真に“信頼され親しまれる”道を模索し、その端緒として自然農法による農業教育を進めるための農業訓練所を立ち上げた。

自然農法の普及と社会福祉活動に参画する一方で、信徒育成に浄霊と御教えの学びを車の両輪として、層別の信徒・世話人・代表世話人の宿泊研修会とお世話組織を確立することで、着実な布教発展が許された。

色彩豊かな衣装をまとい、伝統の踊りを披露

布教体制の充実により、20年余りで、信徒は10万人を超えた1987年にはサラブリ県に約50万坪の広大な用地を入手し、半分を宗教施設、半分をEM自然農法実施用地と言う聖地建設に向かう基礎ができた。

奇しくも、日本において平安郷建設が進められるに歩調を合わすように、タイ国においても、聖地建設が進められ、1996年、サラブリ聖地に神殿が完成。

そして2003年、湧上教師が本部長退任の時には50万信徒達成という飛躍的発展を許された。

信仰の喜びにあふれるタイ国信徒

(湧上和夫タイ国本部長インタビュー(1992年)より)

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